山姥切長義のボガート
【霍格華茲paro】山姥切長義的幻形怪 的日文版。
無数の赤い目玉、毒液の滴る牙、黒い毛がびっしり生えた八本の長い足——巨大な蜘蛛妖怪が、乱藤四郎の前に迫る。
「うっ、きもっ……」あからさまに嫌悪感を顔に浮かべ、一歩下がった乱藤四郎。が、すぐにすっと背を伸ばし、杖を掲げ、不敵に笑う:
「リディクラス!」
じわーっと、八本の足が縮んで消えた。赤い目玉が可愛らしいまつげ動眼となって、その胴体がピンク色で、キラキラで、ラインストーンやスパンコールで派手にデコられた球体となった。
「ふふん、可愛い可愛い〜」
「やるな!乱!」
「見事だぜ!」
クラスメイトたちも歓声をあげた。特に乱藤四郎と同じくハッフルパフである、厚藤四郎や後藤藤四郎の声が大きい。
「よし、この調子だ。次、南泉一文字。」
スリザリンの寮監兼、闇の魔術の防衛術の担当教師である日向正宗が、三年の生徒たちに、ボガートの退治法について指導している最中だ。
南泉一文字の前に、ボガートは巨大な蛇に姿を変える。
「リディクラス!」
蛇の細長い胴体は、つぶされてボールのような形となった。そしてぴょんぴょんと、滑稽に跳ね始める。教室はまた笑い声や歓声に満ちていく。今度はグリフィンドールの方、端的に言うと太鼓鐘貞宗が派手にはしゃいでいる。
「よし。次、小竜景光。」
ボガートが、厳かなご婦人へと姿を変えた。
それを見る途端、南泉一文字と不動行光は吹き出し、山姥切長義は笑みを隠すように口元を覆った。
「えっ、え…お母さま?」
小竜のポカンとした反応で、状況が理解してきたクラスメイトのほとんどもクスクスと笑い出した。
「小竜景光、あなたはこれから一年間、外出禁止です。」ご婦人は威厳ある声でそう言った。周りの笑い声が一層大きくなった。
「へええええそれはないだろう——リディクラス!」
ご婦人は年老いの男性となった。が、着ている服はまだご婦人のもので、困惑極まりない表情を浮かべている。クラスメイトの爆笑と拍手の中、小竜はわざとらしくお辞儀をして退いた。
「こら、おばさまにも、お爺様に対しても不敬だぞ。」抑えた声で、山姥切長義はドヤ顔な小竜を窘めた。小竜の術によって、ボガートが化けた男性は他でもなく、彼らの祖父、備前領の公爵——長船閣下である。
「キミだって笑ってたんだろ?同罪さ〜」
「次、大倶利伽羅。」
大倶利伽羅と対峙していたのは、宙に浮かぶ無数な血まみれの目玉であった。
「リディクラス。」
目玉が無数のスニッチとなって、楽しげに舞い踊る。
前と同様に、教室に歓声が響く。太鼓鐘貞宗が『伽羅!ナイスだぜ!』と、大倶利伽羅とハイタッチした。山姥切国広は嬉しそうに彼の名を呼び、輝く目で彼を迎えた。
しかし、スリザリンの方は全くテンションが下げた。全ての生徒が悔しげに目を伏せて、誰一人喋ろうとしなかった。——つい先週に行われた、寮対抗クィディッチ杯1回戦に、スリザリンがグリフィンドールに負けたばかりで、その時スニッチを掴んで試合を終わらせたのは、他でもなく大倶利伽羅だったのだ。
「次、平野藤四郎。」二つの寮の温度差を気にとめることもなく、日向正宗は授業を続く。
「ああ……」平野藤四郎が思わず一歩下がった。
教室が急に静まり返った。
目を見開いて横たわる前田藤四郎の死体に、絶句したのだった。
「っ…、リ、…リディ…ク……あ、ああ……」
日向正宗はワンドを持っている右手を少しだけ挙げ、介入するべきかどうかを様子を伺っている。
「平野!僕はここにいます!」前田藤四郎が平野藤四郎のそばへと駆け寄って、その手を握った。
すると、ボガートは平野藤四郎の死体となった。
「ひぃっ、…だ、大丈夫です…!平野、僕たちは、大丈夫ですから!」
「はい。…大丈夫ですね、僕たちは。」
双子は一斉に杖を掲げる。
「リディクラス!」
死体が消えた。代わりに現れたのは、巨大な12歳バースデーケーキ。上にアイシングで前田藤四郎と平野藤四郎似顔絵が書いてあって、いろんな人の手によるだろうと思しきデコレーションや、アイシングで書いた様々な祝福のメッセージと一緒に、賑やかさを感じさせる。
双子は互いの目を見て笑う。
「前田〜!平野~!」乱藤四郎の、ちょっと泣き声混じりな叫び。そして粟田養護院出身のハッフルパフの生徒たちはみんなで前田と平野を抱きしめた。
ホッとした柔らかな表情で、日向正宗は彼らをしばらく見守った。彼らの気分が落ち着いたと見て、聞く:「授業を続けていいかな?」
「問題ありません!先生!」ハッフルパフが元気よく答えた。
「次、山姥切長義。」
「はい。」
山姥切長義が前に出ると、ボガートがまた姿を変え始める。
金髪で、俯いていて顔がよく見えなくて、見た目4、5歳くらいの男の子。服は着ていなく、水に浮いているように宙に浮かべている。両手両足は鎖の付いた金属のリングに束縛されていて、手首や腕にはチューブの付いた注射針が刺さっている。
「えっ……」山姥切長義はその場で固まった。
子供が急に顔を上げると、前髪は後ろに流され、その顔が顕になった。目を——翡翠のように輝く目を——大きく見開き、長義に向かって、楽しげに、不気味に、明るくて陰惨に、嗤った。
「……あっ…ああ……ひっ…」
「長義。」
「あっ!」先生の声が聞こえて、長義は悪夢から覚めたように体を震わせた。そして意を決したように、唇を噛んで、杖をゆっくりと掲げる。「…リディクラス……!」
一瞬、子供の髪色は金色から銀色へと変わった。そして、すっと、煙とともに子供が消えて、代わりに一人の少年がそこにに立っていた。
——山姥切長義。着ている服も、杖を構えたままのそのポーズも、そこの本物の山姥切長義と違わない。たった一つの違いは、ボガートが化けた山姥切長義は、優雅に笑みを浮かべている——本物の山姥切長義の、いつもの表情だ。対した、今本物の浮かべる表情は——
「ふっふっ……はは、あはははは、はははは!」山姥切長義はこの世で一番可笑しいものでも見たように笑い出した。そして笑いすぎて過呼吸になってしゃがみこんだ。
「ひっ、ひひひ、ふふふふふふ」
笑いながらまた立ち上がって、笑いで出た涙を手の甲で雑に拭き取った。そして、ゆっくりと、右手の手首を動かし、杖の先端を、自分の喉に向けた。
咄嗟に、日向正宗が杖を山姥切長義の方に指すと、長義の杖が弾き飛ぶ。大きい歩幅で長義に歩み寄りながら、左手を上げて飛んできた杖を受け止めた。
「小竜。」そう呼んで、自分の杖で長義の額に軽く叩いた。後者はすぐさま意識を失って倒れて、小竜景光に受け止められた。
日向正宗が振り向いてボガートと対面する。瞬く間に、クラスルームの前半部は累々と横たわる無数な死体に満ちた。男女老幼問わず、悲惨な死に様をしている。まさに世の終焉の様な有様。
しかしそれも一瞬なことに過ぎない。生徒たちが驚きの声すらあげられなかった間に、全ては消え去り、ボガートはもともと奴の棲み家であったコローゼットに再び閉じ込められた。
「今日はここまで。」
まだいささか怪訝な雰囲気の中、生徒たちは私物を片付けて、三々五々に教室を出た。
一方、日向正宗は山姥切長義——まだ気を失ったまま、小竜景光に支えられていた——の元へ向かった。
「先生……」不安げに、小竜は日向を見る。
「もう大丈夫。」と言って、日向正宗は杖を山姥切長義の額にあて、長い呪文を唱え始めた。
ふと、山姥切長義は目を覚ます。
「先生っ…!…申し訳ありません……」日向正宗を認めた途端パッと目を見開き、すると後ろめたそうに目をそらした。小竜から離れて自力で立ち、悔しげに唇を噛み締める。
「もう随分よくできたよ。」
「でも…!」
「精神を制御するのは、かなり繊細な技だ。急がば回れというものさ。今日はここまで。わかったかね?」
「……」
日向正宗は羊皮紙の切れ端を取り出し、短く一文を綴って、それを長義に渡した。
「はいこれ。千子先生のところに行って、安らぎの水薬を飲んだら寮に帰って休め。いいよね?」
「そんな必要は…」
「先生のいうことを聞くんだ。小竜、不動、見張ってくれる?」
「お任せください。」
「わかったぜ。こら長義行くぞ。格好良くエスコートしたいよね〜」
「はっ?こら離せっ…、こんな乱暴なエスコートがあってたまるか……!」
「そうだよ小竜。エスコートというのはね、こう…」
「君までふざけないでくれ——自分で歩ける!」
「はいどうぞ坊ちゃんこちらへ〜千子先生と遊びに行こうなぁ〜」
「……はあ…」
自分の寮の生徒たちを見送って、日向正宗がまた振り向く——教室の隅に、まだ数人のグリフィンドールの学生がいる。
——おおよそ3分前。
山姥切長義と対峙するボガートの姿を見た瞬間、まるで彼一人の時間が止まったかのように、山姥切国広はピクリとも動かなくなった。
「切国?」異常に気づいた大倶利伽羅が、小声で彼の名を呼んでは、腕を引いてみたが、何の返事も得なかった。
今日はここまでと、先生の宣言とともに、生徒たちは教室から出て行く。
「切国、おい、切国…?」雑踏の中、大倶利伽羅は少し音量を上げて山姥切国広を呼ぶ。しかし後者は表情を失ったまま固まっていて、依然と反応しない。
「あれ、切国がどうしたんだ?」太鼓鐘貞宗もそれに気づき、心配そうによってきた。何人かのグリフィンドールの生徒も集まってくる。
「切国、切国!」大倶利伽羅が彼の肩を掴んで、力強めに揺らぐ。
「はっ…」やっと気がついた山姥切国広だが、突然腰を抜かして、そのまま大倶利伽羅に向かって倒れ、後者に支えられた。
「えっと……?」大倶利伽羅にもたれかかったまま見上げると、周りに同じくグリフィンドールの太鼓鐘貞宗、同田貫正国、肥前忠広、南泉一文字も心配そうに自分を見ていた。同時に、先生である日向正宗もこっちに向かっている。
「山姥切国広くん、調子はどうかな?」
「え、あっ、はい…大丈夫、…です。」まだ少し混乱しているようで、山姥切国広は先生の方を見て、また慌てて振り返って、自分を支えている大倶利伽羅を見た。
「ちょっと診せてもらうね。」そう言って、日向正宗は山姥切国広に近づき、しばらくして、ふん…大丈夫そうだねと独り言をこぼしながら頷いた。そして一歩下がって、残っているグリフィンドールの生徒たちを見回す。
「皆さんご苦労様だった。帰って早めに休むようにね。」
***
全ての生徒を見送って、日向正宗は教室を施錠し、教室の隣にある自分のオフィスへと戻り、暖炉のそばに座った。
「ミス.長船…焦らずに、あの子にもうすこし、時間をあげようね……」炎を見つめて、彼は呟いた。
***
水音。
屈折した光と影。
自分は何処にいるのかもわからず。
ところで自分は何だ?
わからないな。
人影らしきもの。
鏡。
鏡の中に、顔。
そっくりそのままの、
違う。違う。彼は違う、彼にはない、彼はいない——
『長義』の叫び声。
『長義』の瞳に満ちた嫌悪。
無。
水音。
彼は違う、彼にはない、彼はいない——
何もない。
——「切国、切国……起きて、切国…」
何かがある。声がする。彼が近づきたくなるような声。
「切国?聞こえているのか…?切国、起きろ…」
目を開く。暗闇の中に、奇妙に煌く、金色い目だけがあった。
「は…は……な、なに……?」
「切国…?」
「何処だ……っ…俺は、なん……うっ、あ、ああ……」
「落ち着け。あんたはここにいるんだ。ここに、俺の目の前にだ。」
その目を見て、その言葉に従わなければならないと覚えた。よって、彼は落ち着いた。彼は『ここに』『いる』ことにした。
何度か瞬きをして、どんどん目が覚めてきた。
「…大倶利伽羅…」
ここはグリフィンドール寮。彼は自分のベッドの中にいる。大倶利伽羅は彼の上に乗っていて、片手を彼の頰に添えている。
「ふ…目覚めた?」大倶利伽羅のホッとしたような声。その金眼から奇妙な光がどんどん退いて行く。
「うん……」
「ならいい。……うっ、はっ——」くしょん。と大倶利伽羅が横を向いてくしゃみをした。彼はパジャマのシャツとズボンしか着ていなかったから、ちょっと体が冷えたらしい。
布団の中に大倶利伽羅を入れて、ベッドカーテンを閉めた。
「大俱利伽羅……」ギュッと抱きつく。彼の首元で息を吸い込む。肺にまで入ってくるような安心感。さっきの悪夢による胸のざわめきがどんどん治る。
「平気…?」
「うん…」
大倶利伽羅が彼の耳たぶのキスをした。『怖がらなくていい』とても言っているように。
起き上がって、その唇にキスを。
——やはりここが一番いい。柔らかくて、暖かくて、いい匂い。心地よい。安らげる。好き、好き……大好きだ。大倶利伽羅……
眠っている他の生徒たちを起こさぬよう、ふんわりと、ゆっくりと、少しづつ、確かめ合う。
いつの間にか、二人とも眠った
無数の赤い目玉、毒液の滴る牙、黒い毛がびっしり生えた八本の長い足——巨大な蜘蛛妖怪が、乱藤四郎の前に迫る。
「うっ、きもっ……」あからさまに嫌悪感を顔に浮かべ、一歩下がった乱藤四郎。が、すぐにすっと背を伸ばし、杖を掲げ、不敵に笑う:
「リディクラス!」
じわーっと、八本の足が縮んで消えた。赤い目玉が可愛らしいまつげ動眼となって、その胴体がピンク色で、キラキラで、ラインストーンやスパンコールで派手にデコられた球体となった。
「ふふん、可愛い可愛い〜」
「やるな!乱!」
「見事だぜ!」
クラスメイトたちも歓声をあげた。特に乱藤四郎と同じくハッフルパフである、厚藤四郎や後藤藤四郎の声が大きい。
「よし、この調子だ。次、南泉一文字。」
スリザリンの寮監兼、闇の魔術の防衛術の担当教師である日向正宗が、三年の生徒たちに、ボガートの退治法について指導している最中だ。
南泉一文字の前に、ボガートは巨大な蛇に姿を変える。
「リディクラス!」
蛇の細長い胴体は、つぶされてボールのような形となった。そしてぴょんぴょんと、滑稽に跳ね始める。教室はまた笑い声や歓声に満ちていく。今度はグリフィンドールの方、端的に言うと太鼓鐘貞宗が派手にはしゃいでいる。
「よし。次、小竜景光。」
ボガートが、厳かなご婦人へと姿を変えた。
それを見る途端、南泉一文字と不動行光は吹き出し、山姥切長義は笑みを隠すように口元を覆った。
「えっ、え…お母さま?」
小竜のポカンとした反応で、状況が理解してきたクラスメイトのほとんどもクスクスと笑い出した。
「小竜景光、あなたはこれから一年間、外出禁止です。」ご婦人は威厳ある声でそう言った。周りの笑い声が一層大きくなった。
「へええええそれはないだろう——リディクラス!」
ご婦人は年老いの男性となった。が、着ている服はまだご婦人のもので、困惑極まりない表情を浮かべている。クラスメイトの爆笑と拍手の中、小竜はわざとらしくお辞儀をして退いた。
「こら、おばさまにも、お爺様に対しても不敬だぞ。」抑えた声で、山姥切長義はドヤ顔な小竜を窘めた。小竜の術によって、ボガートが化けた男性は他でもなく、彼らの祖父、備前領の公爵——長船閣下である。
「キミだって笑ってたんだろ?同罪さ〜」
「次、大倶利伽羅。」
大倶利伽羅と対峙していたのは、宙に浮かぶ無数な血まみれの目玉であった。
「リディクラス。」
目玉が無数のスニッチとなって、楽しげに舞い踊る。
前と同様に、教室に歓声が響く。太鼓鐘貞宗が『伽羅!ナイスだぜ!』と、大倶利伽羅とハイタッチした。山姥切国広は嬉しそうに彼の名を呼び、輝く目で彼を迎えた。
しかし、スリザリンの方は全くテンションが下げた。全ての生徒が悔しげに目を伏せて、誰一人喋ろうとしなかった。——つい先週に行われた、寮対抗クィディッチ杯1回戦に、スリザリンがグリフィンドールに負けたばかりで、その時スニッチを掴んで試合を終わらせたのは、他でもなく大倶利伽羅だったのだ。
「次、平野藤四郎。」二つの寮の温度差を気にとめることもなく、日向正宗は授業を続く。
「ああ……」平野藤四郎が思わず一歩下がった。
教室が急に静まり返った。
目を見開いて横たわる前田藤四郎の死体に、絶句したのだった。
「っ…、リ、…リディ…ク……あ、ああ……」
日向正宗はワンドを持っている右手を少しだけ挙げ、介入するべきかどうかを様子を伺っている。
「平野!僕はここにいます!」前田藤四郎が平野藤四郎のそばへと駆け寄って、その手を握った。
すると、ボガートは平野藤四郎の死体となった。
「ひぃっ、…だ、大丈夫です…!平野、僕たちは、大丈夫ですから!」
「はい。…大丈夫ですね、僕たちは。」
双子は一斉に杖を掲げる。
「リディクラス!」
死体が消えた。代わりに現れたのは、巨大な12歳バースデーケーキ。上にアイシングで前田藤四郎と平野藤四郎似顔絵が書いてあって、いろんな人の手によるだろうと思しきデコレーションや、アイシングで書いた様々な祝福のメッセージと一緒に、賑やかさを感じさせる。
双子は互いの目を見て笑う。
「前田〜!平野~!」乱藤四郎の、ちょっと泣き声混じりな叫び。そして粟田養護院出身のハッフルパフの生徒たちはみんなで前田と平野を抱きしめた。
ホッとした柔らかな表情で、日向正宗は彼らをしばらく見守った。彼らの気分が落ち着いたと見て、聞く:「授業を続けていいかな?」
「問題ありません!先生!」ハッフルパフが元気よく答えた。
「次、山姥切長義。」
「はい。」
山姥切長義が前に出ると、ボガートがまた姿を変え始める。
金髪で、俯いていて顔がよく見えなくて、見た目4、5歳くらいの男の子。服は着ていなく、水に浮いているように宙に浮かべている。両手両足は鎖の付いた金属のリングに束縛されていて、手首や腕にはチューブの付いた注射針が刺さっている。
「えっ……」山姥切長義はその場で固まった。
子供が急に顔を上げると、前髪は後ろに流され、その顔が顕になった。目を——翡翠のように輝く目を——大きく見開き、長義に向かって、楽しげに、不気味に、明るくて陰惨に、嗤った。
「……あっ…ああ……ひっ…」
「長義。」
「あっ!」先生の声が聞こえて、長義は悪夢から覚めたように体を震わせた。そして意を決したように、唇を噛んで、杖をゆっくりと掲げる。「…リディクラス……!」
一瞬、子供の髪色は金色から銀色へと変わった。そして、すっと、煙とともに子供が消えて、代わりに一人の少年がそこにに立っていた。
——山姥切長義。着ている服も、杖を構えたままのそのポーズも、そこの本物の山姥切長義と違わない。たった一つの違いは、ボガートが化けた山姥切長義は、優雅に笑みを浮かべている——本物の山姥切長義の、いつもの表情だ。対した、今本物の浮かべる表情は——
「ふっふっ……はは、あはははは、はははは!」山姥切長義はこの世で一番可笑しいものでも見たように笑い出した。そして笑いすぎて過呼吸になってしゃがみこんだ。
「ひっ、ひひひ、ふふふふふふ」
笑いながらまた立ち上がって、笑いで出た涙を手の甲で雑に拭き取った。そして、ゆっくりと、右手の手首を動かし、杖の先端を、自分の喉に向けた。
咄嗟に、日向正宗が杖を山姥切長義の方に指すと、長義の杖が弾き飛ぶ。大きい歩幅で長義に歩み寄りながら、左手を上げて飛んできた杖を受け止めた。
「小竜。」そう呼んで、自分の杖で長義の額に軽く叩いた。後者はすぐさま意識を失って倒れて、小竜景光に受け止められた。
日向正宗が振り向いてボガートと対面する。瞬く間に、クラスルームの前半部は累々と横たわる無数な死体に満ちた。男女老幼問わず、悲惨な死に様をしている。まさに世の終焉の様な有様。
しかしそれも一瞬なことに過ぎない。生徒たちが驚きの声すらあげられなかった間に、全ては消え去り、ボガートはもともと奴の棲み家であったコローゼットに再び閉じ込められた。
「今日はここまで。」
まだいささか怪訝な雰囲気の中、生徒たちは私物を片付けて、三々五々に教室を出た。
一方、日向正宗は山姥切長義——まだ気を失ったまま、小竜景光に支えられていた——の元へ向かった。
「先生……」不安げに、小竜は日向を見る。
「もう大丈夫。」と言って、日向正宗は杖を山姥切長義の額にあて、長い呪文を唱え始めた。
ふと、山姥切長義は目を覚ます。
「先生っ…!…申し訳ありません……」日向正宗を認めた途端パッと目を見開き、すると後ろめたそうに目をそらした。小竜から離れて自力で立ち、悔しげに唇を噛み締める。
「もう随分よくできたよ。」
「でも…!」
「精神を制御するのは、かなり繊細な技だ。急がば回れというものさ。今日はここまで。わかったかね?」
「……」
日向正宗は羊皮紙の切れ端を取り出し、短く一文を綴って、それを長義に渡した。
「はいこれ。千子先生のところに行って、安らぎの水薬を飲んだら寮に帰って休め。いいよね?」
「そんな必要は…」
「先生のいうことを聞くんだ。小竜、不動、見張ってくれる?」
「お任せください。」
「わかったぜ。こら長義行くぞ。格好良くエスコートしたいよね〜」
「はっ?こら離せっ…、こんな乱暴なエスコートがあってたまるか……!」
「そうだよ小竜。エスコートというのはね、こう…」
「君までふざけないでくれ——自分で歩ける!」
「はいどうぞ坊ちゃんこちらへ〜千子先生と遊びに行こうなぁ〜」
「……はあ…」
自分の寮の生徒たちを見送って、日向正宗がまた振り向く——教室の隅に、まだ数人のグリフィンドールの学生がいる。
——おおよそ3分前。
山姥切長義と対峙するボガートの姿を見た瞬間、まるで彼一人の時間が止まったかのように、山姥切国広はピクリとも動かなくなった。
「切国?」異常に気づいた大倶利伽羅が、小声で彼の名を呼んでは、腕を引いてみたが、何の返事も得なかった。
今日はここまでと、先生の宣言とともに、生徒たちは教室から出て行く。
「切国、おい、切国…?」雑踏の中、大倶利伽羅は少し音量を上げて山姥切国広を呼ぶ。しかし後者は表情を失ったまま固まっていて、依然と反応しない。
「あれ、切国がどうしたんだ?」太鼓鐘貞宗もそれに気づき、心配そうによってきた。何人かのグリフィンドールの生徒も集まってくる。
「切国、切国!」大倶利伽羅が彼の肩を掴んで、力強めに揺らぐ。
「はっ…」やっと気がついた山姥切国広だが、突然腰を抜かして、そのまま大倶利伽羅に向かって倒れ、後者に支えられた。
「えっと……?」大倶利伽羅にもたれかかったまま見上げると、周りに同じくグリフィンドールの太鼓鐘貞宗、同田貫正国、肥前忠広、南泉一文字も心配そうに自分を見ていた。同時に、先生である日向正宗もこっちに向かっている。
「山姥切国広くん、調子はどうかな?」
「え、あっ、はい…大丈夫、…です。」まだ少し混乱しているようで、山姥切国広は先生の方を見て、また慌てて振り返って、自分を支えている大倶利伽羅を見た。
「ちょっと診せてもらうね。」そう言って、日向正宗は山姥切国広に近づき、しばらくして、ふん…大丈夫そうだねと独り言をこぼしながら頷いた。そして一歩下がって、残っているグリフィンドールの生徒たちを見回す。
「皆さんご苦労様だった。帰って早めに休むようにね。」
***
全ての生徒を見送って、日向正宗は教室を施錠し、教室の隣にある自分のオフィスへと戻り、暖炉のそばに座った。
「ミス.長船…焦らずに、あの子にもうすこし、時間をあげようね……」炎を見つめて、彼は呟いた。
***
水音。
屈折した光と影。
自分は何処にいるのかもわからず。
ところで自分は何だ?
わからないな。
人影らしきもの。
鏡。
鏡の中に、顔。
そっくりそのままの、
違う。違う。彼は違う、彼にはない、彼はいない——
『長義』の叫び声。
『長義』の瞳に満ちた嫌悪。
無。
水音。
彼は違う、彼にはない、彼はいない——
何もない。
——「切国、切国……起きて、切国…」
何かがある。声がする。彼が近づきたくなるような声。
「切国?聞こえているのか…?切国、起きろ…」
目を開く。暗闇の中に、奇妙に煌く、金色い目だけがあった。
「は…は……な、なに……?」
「切国…?」
「何処だ……っ…俺は、なん……うっ、あ、ああ……」
「落ち着け。あんたはここにいるんだ。ここに、俺の目の前にだ。」
その目を見て、その言葉に従わなければならないと覚えた。よって、彼は落ち着いた。彼は『ここに』『いる』ことにした。
何度か瞬きをして、どんどん目が覚めてきた。
「…大倶利伽羅…」
ここはグリフィンドール寮。彼は自分のベッドの中にいる。大倶利伽羅は彼の上に乗っていて、片手を彼の頰に添えている。
「ふ…目覚めた?」大倶利伽羅のホッとしたような声。その金眼から奇妙な光がどんどん退いて行く。
「うん……」
「ならいい。……うっ、はっ——」くしょん。と大倶利伽羅が横を向いてくしゃみをした。彼はパジャマのシャツとズボンしか着ていなかったから、ちょっと体が冷えたらしい。
布団の中に大倶利伽羅を入れて、ベッドカーテンを閉めた。
「大俱利伽羅……」ギュッと抱きつく。彼の首元で息を吸い込む。肺にまで入ってくるような安心感。さっきの悪夢による胸のざわめきがどんどん治る。
「平気…?」
「うん…」
大倶利伽羅が彼の耳たぶのキスをした。『怖がらなくていい』とても言っているように。
起き上がって、その唇にキスを。
——やはりここが一番いい。柔らかくて、暖かくて、いい匂い。心地よい。安らげる。好き、好き……大好きだ。大倶利伽羅……
眠っている他の生徒たちを起こさぬよう、ふんわりと、ゆっくりと、少しづつ、確かめ合う。
いつの間にか、二人とも眠った
留言
張貼留言